就活とかいうカルト文化に出くわした話

大学3年 冬

いつも通り授業を終えると貴重な休み時間を喫煙所への往復時間で費やしていた。スマホで大学のポータルサイトを眺めると足りない単位たちがくゆらせた紫煙の間を縫ってこちらを覗いている。悲しいことにまぁここまではいつも通りなのだが何かが違う…

いつものイケイケな喫煙所でタムロしていた連中の様子が何か変だ。

 

「ん?なんでスーツ着てんだ?」

異変に気づいた。8番出口だったら速攻引き返していたと思う。しかも皆爽やかなセンター分けなのだから驚いた。

 

さらに、次のクラスで学友と顔合わせすると

「就活どう?」突然問われた

「シューカツ?」

完全に異世界に行ってしまったもんだと思った。…というか4年生からやるもんだと思ってた。つまり何人かスーツを着てたのはそういう事らしい。詳しく聞くとインターンに行き、会社説明会に参加して履歴書を書いて面接で内定を勝ち取る、これが就活のようだ。

 

後日、俺は謎の焦燥に駆られて早速就活始めた。インターンの時期は終わっていたのでエージェントを使って紹介してくれた会社の説明会へ出席した。説明会は特に問題なく開始され、手馴れた口調の人事が話し始めた…その瞬間だった。

 

「ブンブンブンブン!!」

 

スーツを着た参加者たちが一斉に口角を上げて首を縦に振って頷き始めたのである。こいつら全員メタルバンド経験者なのかと目を疑ってしまった。「何これ宗教じゃねえの?」と本気で思った。就活じゃなくて宗活のほうに来たのかと思ってしまうがこれがテンプレみたいだ。

その刹那の数秒にして少数派へと変容した自分、気づけば笑顔で頷いている自分がいた。あぁなんと弱い人間なのだろう。しかし、これを習得して始めて登竜門は開かれるのだ。

 

驚く間も与えずに人事が続けた

「皆さんの就活の軸はなんですか?」

こいつカマしやがった。職業選択の自由が担保されている日本においてそんなものが必要なのか。そもそも労働の対価として得る賃金の他に就職の価値はあるのだろうか?

一人、二人と即答するので三番手に当てられてしまった。

「えー…協調性です。」何とか絞り出した。

「協調性ですか!どんな業種でも大切ですよね!」人事はフォローしてくれた。なるほど、これが適材適所だなぁ。

そして無事に説明会を終えた。これが全国各地で行われているとしたらゾッとした。こんなカルトみたいな事、何社もやるのか…

 

翌週、そのまた翌週、そして今日、上半身だけスーツを着て遮光カーテンを解き放てばノートパソコンを開き、画面に向かって笑顔で相槌を打つ自分はそこにいた。